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鳥取地方裁判所米子支部 昭和25年(ワ)75号 判決 1953年9月03日

原告 亀尾定一外一名

被告 三井木船建造株式会社

主文

被告は原告亀尾定一に対し金七万八千七拾四円とこれに対する昭和二五年七月一六日より完済に至るまで年五分の利率による金員及び原告佐野得治に対し金七万九千六百八円とこれに対する昭和二五年七月一六日より完済に至るまで年五分の利率による金員を各支払うべし。

原告両名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は参分しその弐を被告の負担としその壱を原告両名の平等負担とする。

事実

原告両名は、被告は原告亀尾定一に対し金十一万一千六百六十四円原告佐野得治に対し金十一万二千四十八円及び各これに対し昭和二五年七月一六日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として陳述した要旨は次のとおりである。

一、被告は鳥取県西伯郡外江町に境造船所を設けて木造船の建造等を営む株式会社であるが原告亀尾定一は昭和十八年十月八日、原告佐野得治は同年七月七日各被告会社の事務職員として同工場に採用せられて勤務したものであるが、昭和二十四年十一月八日原告両名は何等解雇の予告を受くることなくして突然被告会社の都合により一方的に即時退職を求められ即日退職したものである。

二、然るところ原告両名は右退職により後記の如く同月二十五日支給を受くることとなつて居つた同月分の月額賃金退職金その他手当金等被告会社より退職と同時に支払を受くべき債権を取得したものである。

(イ)  原告亀尾定一の被告会社に対する債権

一金八千三百七十五円   昭和二四年一一月分月額賃金

一金六万九千七百八十九円 勤続期間六年二ケ月に対する退職金給与規定による退職金、月額賃金額(基本給)に八、三三三を乗じて算出した金額

一金二万五千百二十五円  被告会社の都合による退職につき退職金給与規定に基く基本給の三ケ月分を支給する定めによる加給退職金額

一金八千三百七十五円   労働基準法第二〇条により三十日前に被告が解雇の予告をしなかつたことにより支給すべき予告手当金平均賃金額三十日分

計金十一万一千六百六十四円

(ロ)  原告佐野得治の被告会社に対する債権

一金八千百円      昭和二四年一一月分月額賃金

一金七万千五百四十八円 勤続期間六年五ケ月に対する退職金給与規定による退職金、月額賃金額に八、八三三を乗じて算出した金額

一金二万四千三百円   被告会社の都合による退職に付退職金給与規定に基く基本給の三ケ月分を支給する定めによる加給退職金額

一金八千百円      労働基準法第二〇条による三十日以前に被告が解雇の予告を為さなかつたことにより支給すべき予告手当金平均賃金額三十日分

計金十一万二千四十八円

三、以上の支給金については前記のように被告は総て退職の時に原告両名にそれぞれ支給すべきものであるが既に退職後七ケ月を経過しその間原告等は度々その支払を請求したがこれを支払わないので已むなく右金員の支払を求むるため本訴請求に及ぶ次第である。なお月額賃金(月給)は本給に家族手当を加算したもので、原告亀尾の月額賃金は本給金七千三百七十五円、家族手当金千円計金八千三百七十五円であつて、原告佐野の月額賃金は本給金七千円家族手当金千百円計金八千百円であり、これを基本給として退職手当金算出の基準とするものであると釈明し、被告の抗弁を総て否認すると附陳した。(立証省略)

被告は、原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は原告両名の負担とするとの判決を求め、答弁として陳述した要旨は次のとおりである。

原告等主張の事実中、被告会社が西伯郡外江町に木船建造のため境造船所を設けたこと、原告両名が各その主張の日に同造船所に事務職員として採用せられ爾来原告亀尾が六年二ケ月、原告佐野が六年五ケ月を勤続し両名共昭和二十四年十一月八日退職したこと、原告佐野得治に昭和二十四年十一月二十五日支給すべき同月分の月額賃金が金八千百円であつて(原告亀尾については後記の通り)原告両名に対し未だ同月分の月額賃金の支払を為さないこと、原告両名の退職に際し労基法第二〇条所定の解雇の予告を為さなかつたこと、は孰れも認めるがその余の原告主張事実は総て争う。尤も原告亀尾の同月分の月額賃金は金八千百八十五円であつて右の限度で賃金につきその主張を認める。

抗弁として(一)原告等を始め境造船所の全従業員は被告会社の事業不振のため賃金の支払も滞り勝ちとなつたので昭和二十四年十一月七日同造船所長に対し即時に一斉退職を為したき旨申出でたので被告会社にあつてもその事情を諒とし翌八日その申出を承諾したので原告等は同日限り解雇となつたもので、被告会社の都合により一方的に原告等を即時解雇したものではない。それ故原告等の解雇については労働基準法第二〇条の適用がないから同条所定の解雇の予告を要せざるばかりでなく同予告に代る予告手当金の支給義務もない。

(二) 退職金給与に関する規定は原告等境造船所全従業員の労働組合たる全日本造船労働組合山陰支部三井境分会代表者と被告会社境造船所長との間に昭和二十三年十二月五日締結した労働協約の第十条により別途にこれを定むることになつて居るが未だその定がないので原告等主張の如き退職金給与規定は存在しないから被告は原告等に対し退職金を支給すべき義務はない。と陳述した。(立証省略)

理由

原告亀尾定一が昭和十八年十月八日、原告佐野得治が同年七月七日被告会社境造船所に事務職員として各採用せられ原告佐野は六年五ケ月、原告亀尾は六年二ケ月勤続して同二十四年十一月八日両名退職した事実、原告佐野に対する同二十四年十一月分の月額賃金が金八千百円であつて被告会社が原告両名に同月分の月額賃金を支払つて居ない事実、被告が原告両名に対し労基法第二〇条所定の期間を置く解雇の予告を為さなかつた事実は孰れも当事者間に争のないところである。

原告亀尾定一は昭和二十四年十一月分の月額賃金は金八千三百七十五円である旨主張するのでこの点につき考えるに成立に争のない甲第一号証甲第五号証の三、証人松本連逸の証言により成立を認め得る甲第六号証を綜合してその主張する今月分の月額賃金が金八千三百七十五円である事実を認めることが出来る。被告は同原告の同月分の月額賃金は金八千百八十五円である旨抗争するけれども失当である。次に原告両名は被告会社より支給を受くべき退職金が原告亀尾定一が金六万九千七百八十九円であり原告佐野得治が金七万千五百四十八円である旨主張するのでこの点につき判断するに、前顕甲第一号証甲第五号証の三、甲第六号証、証人中川祐郎、同松本連逸、同森田吉三、同古田隆明の各供述及原告本人尋問に於ける亀尾定一の供述を綜合して考えると被告会社従業員の退職に付いて支給すべき退職金は昭和二十三年八月被告会社代表者と被告会社経営の各造船所従業員労働組合をもつて組織する労働組合連合会代表者との間に締結実施せられた被告会社の従業員退職規定(甲第六号証)により支給すべきものであつて、被告は原告両名に対し同規定第四条による各その在職期間に応じ第九条所定の支給率により算出した金六万九千七百八十九円を原告亀尾定一に、同じく金七万千五百四十八円を原告佐野得治に退職金として支給しなければならないことは何等疑う余地はない。

被告は原告等が組織する被告会社境造船所全従業員の労働組合たる全日本造船労働組合山陰支部三井境分会代表者と同造船所長との間に昭和二十三年十二月五日締結せられた労働協約(乙第一号証)第十条により退職金についての給与規定は別途に定めることになつて居り未だ右規定は定められて居ないから原告両名に対し退職金支払の義務はない旨抗争するけれども被告主張の乙第一号証労働協約中の第十条の規定は被告会社境造船所長に対し同造船所職員に対する給与権が本社より委譲せられることを条件として予め規定したものであるが同造船所長に右の委譲が行われなかつたので同条は始めより効力を生じなかつたものである。以上の事実は前顕証人松本連逸の供述部分並に原告本人亀尾定一の供述部分を綜合してこれを認め得るので被告の右抗弁は失当である。

次に原告両名は被告より昭和二十四年十一月八日労働基準法第二〇条所定の期間を置く解雇の予告なくして且つ被告会社の都合により一方的に即時退職を求められこれにより即日退職した旨主張するのでこの点につき判断するに成立に争のない甲第二号証の一、二、乙第二号証に前顕証人中川祐郎、同松本連逸同古田隆明の供述を綜合し弁論の全趣旨を参酌して仔細に検討すれば昭和二十四年十一月頃に至り被告会社境造船所は極度の事業不振に陥つたものであるが、被告会社は既に数ケ月前より従業員に支給すべき賃金の遅払を重ねて居る状況にあつたので、専ら賃金によつて家計を維持して居る従業員はこの重なる賃金の遅払により極度に生活は困窮し最早や被告会社境造船所に勤めを続けることは堪え難い苦痛となつて来たのでむしろこの際退職して失業保険金の支給を受けこれにより困苦にあえぐ生活を切り抜けようとの意図から原告等はその組織する全日本造船労働組合三井境分会代表者により昭和二十四年十一月七日右境造船所長に対し従業員全員一斉退職したきこと並に右退職の理由を被告会社の都合による解雇とせられたきことを申入れ、よつて同造船所長は右申入れを承諾して昭和二十四年十一月八日労資(原被告)双方の合意により即時原告等従業員全員は一斉に退職を為した事実を窺うことが出来るので原告等主張のように被告会社の都合により一方的に原告等を即時解雇したものとは到底認めることが出来ない。右認定に反する証人小滝重徳の供述部分原告本人尋問に於ける原告等両名の供述部分は信用出来ない。その他に右認定を覆すに足る証拠はない。尤も成立に争のない甲第二号証の一、二によれば被告会社境造船所より原告等退職の際交附した原告両名の各失業保険被保険者離職票の離職欄に機構改革による解雇とそれぞれ記載してあつた事実は認められるが、当時被告会社において境造船所の機構改革を為した事実は被告の争うところであるが原告においては被告が機構改革を為した具体的事実は何等主張立証をしないので此点につき弁論の全趣旨を参酌すれば被告会社境造船所においては当時何等機構改革を為したものでない事実を知ることが出来る。この事実に上に説明した原告等が一斉退職の申出を為した前後の事情を参酌すると前記の全日本造船労働組合三井境分会代表者からの上記申入れを諾して右境造船所において単に退職の名目だけを「機構改革による解雇」と前記離職票に記載したに止まる事実が推認し得られるので右甲第二号証の一、二をもつて原告等の主張する原告両名が被告会社の都合により一方的に即時解雇せられたとの事実を認める資料と為すに足らない。そうして被告が叙上原告等の退職の申出を承諾して解雇するにつき労基法第二〇条第一項所定の期間を置く解雇の予告を為さなかつた事実は当事者間に争のないところであるが、このように従業員たる労働者から事業主たる使用者に即時退職の申入れを為し使用者がその申入れを承諾して労資双方の合意により即時解雇の効力を生ぜしめようとする場合には労基法第二〇条の規定は適用がないのであつて専ら民法の原則によつて合意解雇についての効力を定むべきである。けだし労基法第二〇条の規定は使用者が労働者を解雇しようとする場合に限り適用あるが為めである。そこで民法雇傭に関する第六二七条第一項によれば雇傭期間の定めのない雇傭にあつては当事者の何れからでも何時にても雇傭契約の解約の申入れが出来、申入れ後二週間の経過によつて解雇の効力が生ずるのであるから本条の場合には二週間の所謂告知期間の経過によつて相手方の意思従つてその諾否如何に拘らず当然に解雇の効力を生ずるものと解せられる。そうすると労働者からの申入れによつて使用者と労働者との合意で即時解雇の効力を生ぜしめようとする場合にも、なお当事者の意思に反してまでも本条により解雇の効力発生を規制しなければならないか又は当事者の意思の自由を認めるべきかの問題に逢着する。惟うに民法第六二七条第一項の規定が労働基準法第二〇条の規定と同様に解雇につき予告(告知)期間を設けるのは主として労働者の生活の保障即ち求職の余裕を奪われる不利益を防止してこれを保護しようとするにある点に鑑みれば労働者が自ら進んで使用者に即時解雇を申入れた場合は即時に解雇となることが却つて労働者の利益であると一応認めてよいわけであるから、このような場合には最早や保護の対象となる利益がなくなつたものと言えるので当事者の自由な意思に委せてその合意を有効とし、即時解雇の効力を生ずるものと解するのが相当である。この故に原告等の解雇については民法第六二七条の適用もないから被告において何等予告(告知)を必要としないばかりでなく特段の事情のない限り所謂予告手当金を支給せねばならぬ義務はないものと言うべきであるそれ故以上示すところにより原告両名の請求中労基法第二〇条所定のいわゆる予告手当金(原告亀尾の金八千三百七十五円、同佐野の金八千百円の各請求)並に被告会社の都合による退職を理由とする月額賃金三ケ月分の加算退職金(原告亀尾の金二万五千百二十五円、同佐野の金二万四千円の各請求)の各請求部分は孰れも失当として排斥を免れない。左れば被告は原告亀尾定一に対し昭和二十四年十一月分の月額賃金八千三百七十五円並に退職金六万九千七百八十九円計金七万八千七十四円、原告佐野得治に対し同月額賃金八千百円並に退職金七万千五百四十八円計金七万九千六百八円及び各これに対する被告に訴状が送達せられた日の翌日たること記録により明かな昭和二十五年七月十六日より完済に至るまで年五分の利率による金員の支払義務あることが明かである。

よつて原告両名の被告に対する賃金並に退職金等の支払を求むる本訴請求中右の限度においてこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものとし訴訟費用につき民訴法第八九条第九二条第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野尻繁一)

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